【男性】「悪いことをしたと思っていない」 しつけと称し虐待を正当化 『子供を殺してしまった男たち』の共通点[02/22]

1 逢いみての… ★ 2020/02/22(土) 00:07:50
警察庁が2月6日に『令和元年の犯罪情勢(暫定値)』を発表。児童虐待の通告児童数は昨年97842人となり、過去5年間で2.6倍に増加、2009年から一貫して増加していることがわかった。虐待を繰り返し、その結果子どもを死なせた親たちの逮捕報道も枚挙にいとまがない。そんな親、とくに父親たちに見られる共通点はどこにあるのか、裁判記録から紐解く。

2018年3月東京都目黒区 船戸結愛ちゃん殺害事件

2018年3月、東京・目黒区で5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんが亡くなった事件では、継父による度重なる暴行や食事制限があった。家族が寝ている朝4時頃からひとりで起床し、ひらがなの練習をするよう父に命じられ、亡くなった時の体重は、同年代の平均体重20キログラムをはるかに下回る12.2キログラム。体には痣もあった。

父親の船戸雄大と母親の優里被告はそれぞれ保護責任者遺棄致死などの罪に問われ、昨年、東京地裁で裁判員裁判が開かれている。優里被告には9月、懲役8年の判決が言い渡され(求刑・懲役11年)、現在控訴中。雄大被告に対しては同年10月、懲役13年の判決が言い渡され、控訴せず確定(求刑・懲役18年)している。

結愛ちゃんは、優里被告と前夫との間に生まれた子どもで、雄大被告は2人目の「パパ」だった。2016年4月の結婚当初、雄大被告は結愛ちゃんにも優しく接していたと、優里被告は法廷で語っている。ところが徐々に結愛ちゃんへの説教の時間が長くなり、虐待へとエスカレートした。優里被告に対する判決で東京地裁は、衰弱していた結愛ちゃんを病院に連れて行かなかったことなど「相応の役割を果たしていて、厳しく非難されるべき」としながらも、雄大被告による「看過できない心理的影響があった」ことを認定している。

妻を精神的支配下に置き、子どもを傷つけて死亡させた雄大被告は北海道札幌市育ち、バスケットボールに打ち込む少年だった。大学進学のため上京してからもバスケットボールのサークルに入り、リーダーとしてメンバーをまとめてきた。卒業後は通信関係の企業に就職。東京に残り5年ほど仕事を続けてきたが、「もう通信関係の仕事はやりたくない、他の仕事がしたい」と仕事を辞め、札幌に戻った。高級クラブのボーイとして働いたのち「ちょっとお店が困ってる」という友人が住む香川県へ。高松市の繁華街でボーイとして働いていた頃、優里被告と出会った。

「困っている友人を放っておけない」そんな雄大被告は、被告人質問で結愛ちゃんに対するしつけについて問われ「うまくいかないことを繰り返すうちに怒りが強くなり、暴力の方向に行ってしまった」と語った。また優里被告は公判で、雄大被告の当時の言動について、こう語っている。

「香川にいたときから、説教中に私が『自分はアホでバカ』などと自分に否定的な発言をすると、雄大が喜んで機嫌良くなる。結愛のことも『悪いんや』って否定的な言葉を使うことで、攻撃がなくなると思って結愛のせいにしていました」

「説教の中で、考えが浅いことをすごく指摘されてて。毎日毎日『先のこと考えろ、先のこと考えろ、何も考えずにやるから失敗するんだ』と……」

続く

以下ソース
https://friday.kodansha.co.jp/article/97313

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2 逢いみての… ★ 2020/02/22(土) 00:08:08
雄大被告のように「家族のため」という大義名分を掲げ暴力を正当化する親は過去にもいた。

2014年7月東京都西東京市 村山亜矢斗くん(仮名)自殺事件

東京都西東京市で中学2年生の長男・亜矢斗くん(14=当時)を自殺に追い込んだとして逮捕されたのは、父親の村山彰(41=逮捕時)だった。2014年7月30日朝、自宅で首を吊って亡くなっている亜矢斗くんを、母親(村山の元妻)が発見した。亜矢斗くんも、結愛ちゃんと同じように、元妻の連れ子だった。村山の暴力によって顔に痣ができた亜矢斗くんが学校を休まされるようになったのが同年6月だが、それまでにも村山から暴力を受けていたという。亜矢斗くんに女装をさせて携帯電話で写真を撮影したり、居室にバケツを置き、そこに排泄させたりもしていた。事件直前、村山に「24時間以内に首でも吊って死んでくれ」と言われた亜矢斗くんは、その後首を吊った。

のちに傷害と自殺教唆の罪で起訴された村山被告は、東京地裁立川支部の法廷で、弁護人に対し、自身の子育てをこう振り返った。

「亜矢斗には、普段の礼儀、挨拶、あと精神的に弱いのでボクシングを教えていました。ミット打ちをしたり、一方的に私の事を殴らせたり、スパーリング的な感じで手を出す事はありましたが当てたりはなかった」

当時一家は、元妻のパート収入で生計を立てていた。働いていなかった村山は、専業主夫として家事に専念していたとも語った。

「食事は1日3食、家にある材料で作ってました。元妻の弁当も。卵を焼いたりウインナーを焼いたり、その日によって違いますが。亜矢斗の食事も作っていました。本人、好き嫌いが多く、咀嚼の力がなかったので、別に亜矢斗のためにマグロやサーモンなど柔らかいものを出していました」

また元妻については「料理、味見しないでそのまま出しちゃう。ちょっと失礼にあたる。洗濯物も伸ばしてきちんと干してほしいですがシワだらけで何度もやめてほしいと言いました」と、その家事スキルを問題視する発言や「過保護すぎる。中学に入って間もない頃まで、朝ぐずって食事をしないときがあったので、食べさせてあげたり。あとは……一緒に寝たいとなったり。寿司でも、亜矢斗はわさびを食べられなかったんですが、自分の箸で取れば良いのに、妻がベロベロ舐めて食べさせる。そういうのちょっと気持ち悪いなと」など、真偽不明なエピソードを列挙しながら“元妻の育児スキル”の批判も続けた。

亜矢斗くんへの暴力については、検察官の追及を受け、次のように述べていたが、あくまでも“しつけだった”という主張であった。

「茶碗を洗ったが、そのとき雑な洗い方で、ちゃんと洗えよということで、ぬるぬるしてたんで、それに対して怒って、殴った事はあります。あとは…7月半ば、理由は憶えてないんですが殴ったときがあります。多分7月14日くらい、誕生日前と思います。扇風機の消し忘れですね」

さらに元妻に対しては「こういうの着てくれたら一緒にいてやってもいいぞ」など、服装や髪型を自分好みにするよう暗に指示するようなメールも送っていたという。2015年10月、村山には求刑通り懲役6年の判決が言い渡された。

続く

3 逢いみての… ★ 2020/02/22(土) 00:08:25
2013年3月東京都足立区 皆川翔太くん(仮名)殺人事件

2012年?13年ごろ、東京都足立区の自宅アパートで次男の翔太くん(3=当時)をウサギ用のケージに監禁し死なせたとして、父親で無職の皆川忍(30=逮捕当時)と、母親の朋美(27=同)が逮捕された。被害に遭ったのは翔太くんだけではない。当時4歳だった次女に対しても、犬の首輪を付けたり顔を殴ったりしていた。のちに監禁致死や死体遺棄などの罪で起訴された夫婦に対する公判は2016年に開かれた。

夫婦には、朋美と前夫との間に生まれた長女を含めた7人の子供がいたが、逮捕前、児童相談所の職員が夫婦の自宅を訪ねたとき、翔太くんが死亡していたことを隠すため、マネキンを布団の中に寝かせ、眠っているように偽装していた。この理由を公判で問われた忍は、“家族がバラバラになることを防ぐため”だったと語った。

忍 「虐待と疑われて家族がバラバラになると思って……。児相に連れてかれちゃう」
弁護人 「あなた自身も施設で育ったんですよね」
忍 「はい。自分はそのとき親に捨てられたと思ったんで、そうなるかなと」

ふたりの出会いは忍が実母に紹介されたホストクラブでホストとして働いていた頃。ここに客として朋美が両親と来店したという。シングルマザーだった朋美とここで意気投合し、すぐに交際が始まる。結婚までもトントン拍子だった。忍もやはり家事を精力的にこなす父親で、家族の食事作りは主に忍が担当していた。

「基本的に煮物ができないので、炒め物とかみそ汁とか。あとはみんなでギョーザを作ったり、かき揚げ、唐揚げ作ったり……ある材料でネット検索してメシ作ったり……」

慣れないながらも家族のためにと、料理に奮闘していたようだ。ところが、大家族のためか、忍は徐々に、翔太くんの“食べる量”、さらに“振る舞い”が気になり始める

「ごま油や小麦粉、醤油をぶちまけたり、冷蔵庫のものを(勝手に)食べたり、お釜のご飯や他の子のオヤツ食べたり。生のシシャモとか、食ったらマズいでしょってものまで食べてたんで……」

なんでも食べてしまう翔太くんを預かって欲しいと児童相談所に頼むも断られ、ラビットケージに閉じ込めるようになった。

「次女が翔太の真似し始めてた。自分自身手を上げるのも嫌になってた。子供の頃お蔵に閉じ込められたことあったんで、行動制限、ぶっちゃけ効くかなと思った」とその理由を語る。その後、食事、入浴、オムツ替え以外、翔太くんをケージに入れっぱなしで、生活を続けていた。彼だけを家に残し、家族で外食するということも珍しくはなかった。翔太くんが亡くなる前日、2013年3月2日の夜もそのように外食して家に戻った。

朋美が食事を与え、家族が寝静まった翌日2時頃、翔太くんがケージの中から大声を上げ始めたという。「新手の嫌がらせ」だと立腹した忍が彼の口をタオルで塞ぎ、再び放置したところ、翔太くんは死亡した。

検察官 「翔太くん、嫌だったとは思いませんか?」
忍 「考えないです。嫌だったらこっちの言うこときいてくれればいいじゃん、ってのあったんで」

先の船戸雄大被告や村山彰被告と異なり、皆川忍・朋美夫妻は、お互いに行動を容認しあっていた。妻の朋美も、翔太くんをケージに入れていたことに関し、彼自身の行動に原因があったと語っている。

「仕方ないと思いました。どんなに言っても言うこときかないし、どんなに高いところにものを置いても、取りにいってしまう。行動制限するしかないと思いました」

夫婦の望まぬ行動を取るということで監禁し、他の家族の平穏を優先した結果、翔太くんは亡くなってしまった。忍には懲役9年(求刑懲役12年)、朋美には懲役4年(求刑懲役7年)が言い渡されている。

続く

4 逢いみての… ★ 2020/02/22(土) 00:08:33
2019年1月千葉県野田市 栗原心愛ちゃん殺人事件

2月21日からは、千葉県野田市で昨年、虐待を受けて自宅の浴室で亡くなった栗原心愛(みあ)ちゃん(当時10)の父親、栗原勇一郎被告(41)の裁判員裁判が千葉地裁で始まる見込みだ。母親(32)も虐待にある程度加担したとして傷害幇助罪に問われたが、昨年、懲役2年6ヵ月(執行猶予5年)の判決が言い渡され(求刑懲役2年)、のちに確定している。

事件から丸1年となる1月24日の前日、それまで検証を行ってきた有識者の委員会が報告書を公表し、当時の対応を厳しく批判した。生前の心愛さんは当時通っていた小学校で行われたいじめのアンケートに「父親からの虐待」の被害を書き提出していたが、この存在を知った勇一郎被告が、そのコピーを入手していた。この際の教育委員会の対応について、報告書は「子どもへの裏切り」「子どもの権利に対する意識の低さは非常に大きな問題だ」と指摘している。

「お父さんに ぼう力を受けています。夜中に起こされたり、起きているときに けられたりたたかれたりされています。先生、どうにかできませんか」

勇一郎被告による暴力から逃れようと発したSOSは、あろうことか加害者である勇一郎被告の手に渡り、心愛ちゃんに対する虐待は続けられた。さらに、児童相談所に一時保護されていた2017年11?12月、職員の聞き取りに対して「夜中に起こされ、パパが急にズボンを下ろしてきた。パンツも脱げた」と、性的虐待についても証言していた。ところが同職員による事実確認の際、勇一郎被告は「夜中ではない」「ふざけただけだ」などと釈明してもいたという。

これまで公判で見てきた“子供を死なせた父親”たちは、いずれも「理想の家庭像」を持ち、「しつけ」と称して子供たちの行動を制限し、次第に暴力を振るうようになり、またそれを繰り返した。時に妻に対しても、その家事や育児への向き合い方を責め、自信を失わせ、支配下に置いた。

「しつけ」という大義名分を掲げ、自らの虐待行為を正当化した父親たちは、自分こそが家庭の平和を乱していることにも気づかないまま、行動をエスカレートさせてゆき、最終的に子供を死なせてしまったのだ。

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