【歴史】いったん導入されると道徳性・精神性を帯びていく不思議 “時代の徒花” 自立と恥じらい体現し30年続いた「ブルマ文化の功罪」

1 逢いみての… ★ 2021/10/12(火) 23:43:19
 オリンピックの影響力や発信力は大きく、この夏の東京五輪では、旧態依然とした発言や行動が明るみに出た。一方で、五輪が新しい価値観を広めた面もある。たとえばドイツの女子体操選手はレオタードの着用を拒否し、足首まで覆うユニタードを着て競技を行った。<自分たちが着たいものを着る>。この、当然ともいえる価値観を広く世界に知らしめたのは、オリンピックの一つの成果だったのではないか。昨今、女性アスリートへ向けられる性的視線や画像が問題視されるようになっている。

 振り返れば日本の女性たちには、トップアスリートでなくとも、<着たくないもの着させられていた>時代があった。学校で義務付けされていた「ブルマ」である。すでに過去とのものとなったが、ブルマは、導入時から性的なまなざしにさらされてきたと、『ブルマーの謎 女子の身体と戦後日本』(青弓社)の著者である山本雄二関西大学教授はいう。なぜそういうものが学校教育の場に導入され、30年も存続したのか。ブルマの謎を追っていくと、戦後の学校体育が辿った紆余曲折と、今なお続く一つの「女性観」「身体観」が浮かび上がる。女性アスリートとジェンダーの問題が論じられるようになったいま、改めて負の歴史から学ぶことがあるのではないか。山本教授に話を伺った。

 * * *

──驚くのは、「ブルマ」がなぜ学校に取り入れられ、30年も続いたのか、その理由を説明できる人が教育の現場にほとんどいなかったという事実です。学校の強い意思で導入されたわけではないものに、女性たちは嫌な思いをさせられてきた。複雑な思いを抱きました。

山本:今から15~20年前なのですが、私のゼミの女子学生には、ブルマをはき続けてきた学生と、ブルマを途中からはかなくなった転換期の学生と、ブルマを最初からはかなかった学生が混在していました。学校の体操着は学校が指定するものですから、学校が意思決定しているはずです。どういう経緯でそう変わっていったのか、すぐにわかるだろうと思って調べはじめたら、これがまったくわからないんです。

──山本先生が教育委員会に問い合わせても、怪訝な顔をされ、まともに取り合ってもらえない。「どうして人から訊かれて不愉快になるものを導入し、三十年あまりも積極的に維持してきたのか。疑問はますます募る」と書かれています。

山本:ブルマは先の東京オリンピックが終わった後、1965年頃から急速に広がっていますから、何か組織的な力が働いたはずだ、と見込みを立てて調べていったんです。が、教育委員会にはイヤな顔をされますし、現場の先生も理由を知らないんです。そこで図書館にこもって、女子体育系関連の雑誌を片っ端から読んでいくことになりました。

──そこで行き当たったのが、全国の中学校が組織する「中学体育連盟(中体連)」の金銭事情でした。中体連は、1946年の東京オリンピックを契機に、ある「転向」を迫られ、巨額の資金が必要になったんですね。

山本:あの東京オリンピックで日本は大勝利をおさめたと思っている人がけっこういると思いますが、当時の体育関係者にとっては、屈辱の1964年だったんです。というのは、日本のお家芸とされていた「水泳」と「陸上」で惨敗を喫したからです。柔道やバレーボールで金メダルを取っていますが、どちらも、東京オリンピックで初めて採用された競技で、参加国も少なかったんですね。この惨敗によって、「中体連」が変貌するのです。

続く

以下ソース
https://www.news-postseven.com/archives/20211012_1697719.html

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2 逢いみての… ★ 2021/10/12(火) 23:43:44
──中体連は、戦前のエリート主義・精神主義・勝利至上主義を排し、スポーツを民主主義の学校として広げることを旨としており、具体的には、中学生以下の全国大会など大きな大会の開催を阻止するための組織だった。だからお金もほとんどかからない。それが東京オリンピックの惨敗によって、青少年世代からのスポーツ強化が叫ばれるようになり、大会が開かれるようになっていく……。ブルマ普及の裏にあったのは、一見、ブルマとは何の関係もなさそうな事情で、社会の複雑さを教えられます。

山本:「中体連」は文部省の意向に沿って、教育関係団体として全国大会の主催者に名を連ねるようになるのですが、いつの世も、発言権を持つには相応の負担が必要です。しかし、中体連というのは、中学校の先生たちの集まりですから、大きな資金集めをする知恵も術を持っていない。でも、頭のいい人っているんですね。中体連に食い込んで商売をやっていたすばらしく商才に長けた人物が、あるアイディアを授けるんです。

──そのアイディアが、全国の学校に、体操服を切り替えさせることでした。それまで着用していた体操着を、男女ともに、まったく新しいものへと刷新し、売り上げに応じて寄付をしてもらうというやり方です。そのとき採用された女子の体操着が「ブルマ」でした。

山本:最初はそんなことがうまくいくのだろうかと、中体連もメーカーも半信半疑で、苦労も多かったようですが、結果的にうまくいったんです。約3年の間に、ほぼ全国の学校でブルマが採用されるようになりました。

──学校の先生には、女子に「ブルマ」をはかせることに戸惑いはなかったのでしょうか?

山本:現場の先生たちが動きやすくて伸縮性がある体操着を求めていたこともありますし、大きかったのが、1964年の東京オリンピックの影響です。あのオリンピックは、多くの日本人が初めてテレビ映像で見たオリンピックになりました。日本人を熱狂させたバレーボール競技で、ソ連の選手はブルマをはいていましたし、それ以上に日本人の価値観をゆさぶったのが、海外の女子体操選手だったと思います。ぴったりしたレオタードに身をつつんで溌溂と演技する体操選手に、こういう強さや美しさがあるのかと、多くの日本人が衝撃を受けた。女性の身体は「家」制度存続の手段としてではなく、それ自体が健康と美の象徴として積極的に肯定されるものだと、日本人が知ったのです。こうしたことが、学校にブルマを受け入れる土壌を用意したと考えられます。

──しかし、導入直後から、当事者である女子生徒たちからは、ブルマへの不満や嫌悪感が聞かれたといいます。それがなぜ30年も続いたのか。当事者たちの声が無視されていたことに違和感を覚えます。

山本:これはブルマに限らず、たとえば組体操やうさぎ跳びにも言えることですが、学校ではいったん導入されて定着すると、その効用が疑問視されようが、何のために導入されたか、当初の目的が忘れ去られようが、そのまま継続される傾向があります。続けていくうちに精神論や道徳性を帯びるようになっていくからです。女子生徒が、恥ずかしいからおしりを隠そうと上着をブルマの上に出していると、「だらしない」、言いかえれば道徳心の乱れだと決めつけられるようなことが、多くの学校で起きていました。

 とはいえ、これまで見てきたようにブルマの導入は学校主導で強い意思を持って導入したものではないのです。それなのに、強い意思を感じるほど継続されてきたわけで、ほかに何か理由があったのではないかと考えていたときに、「シンガポール日本人学校のブルマ強制問題」に行き当たりました。

続く

3 逢いみての… ★ 2021/10/12(火) 23:43:56
──1990年代初頭のシンガポール日本人学校で、日本から赴任してきた女性教師が、それまで自由だった女子の体操着を「ブルマ」に統一しようとし、生徒から反撥が起きた、という事件です。朝日新聞に報道されました。

山本:調べていくと、この先生は、「統一の美」が大事だかとか、「日本人らしさ」を失ってはいけないから、ということを主張しているんですが、「統一」だけを考えるなら、すでに支配的になりつつあったハーフパンツに統一してもよかったはずです。にもかかわらずブルマにこだわっているということは、ブルマに「美」や「日本人らしさ」を見出していると考えざるをえません。それがなにかといえば、ブルマ姿を性的な目で見られることで生じる「恥じらい」の美であり、その少女が恥じらう姿に「清純さ」を見ている人たちがいたのではないか。

 オリンピックを経て、女性の自立した身体美や健康美が肯定されるようになった一方で、戦前的な女性観、家父長制的な身体観は根強く残っていました。私は本で「婦徳派」という言葉を使いましたが、「婦徳派」たちの価値観は少女たちに「恥じらい」や「可憐さ」「清純さ」を要求した。ブルマは、自立と恥じらい、その両方を体現する体操着として、30年もの間、続いてきたと考えられるのです。

──セクハラ概念の浸透や、ブルマの大量盗難事件などによによって、1990年代には、女子の体操着はブルマからハーフパンツやジャージに変わっていきます。ブルマは消えましたが、女性に「恥じらい」を求めるような価値観は、今なお過去のものになっていないと感じます。

山本:そうですね。家父長制において、女性の身体や健康は、子どもを産み育てるため、また、夫や家族を支えるための身体であり、健康であったわけです。つまり、女性が自分自身のために健康であるとか、美しくあるという発想は、長らく続いた家父長制の中の女子像にはなかったのです。「誰かのため」の身体だった。そうした価値観の延長線上に、女子のスポーツを見世物として捉えたり、性的な視線で見るまなざしがあると思います。今はなくなりましたが、昭和の時代には、「アイドル水泳大会」とかいって、女性アイドルが水着で騎馬戦を行うような番組が地上波で放送されていましたね。

──今回の東京オリンピックで金メダルをとった女子ボクシング選手に対して、張本勲氏が「嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合って」などと発言し、その後、謝罪しましたが、この発言などは、そうした古い価値観の延長線上にあると感じます。

山本:このオリンピックで明らかになったように、今なお価値観を変えられない人というのはいます。ただ、見られる側、つまり選手側が変わることはできますし、実際、変わりつつあります。今回、ドイツの体操選手がユニタードを着たように、選手たちの選択肢が増えていくといいですね。

──これまで声を挙げられなかった人たちが声を挙げるようになり、今、フェミニズム関連の本も、よく読まれています。2016年の出版時に話題になった山本先生の『ブルマーの謎』ですが、今読むと新たな発見もあり、日本社会が変わったことと変わっていないこと、その両方がよくわかります。

山本:敗戦後、日本社会は制度の面では大きく変わりましたが、女性観に関しては戦後の男女平等の理念の下で、戦前的な心情も脈々と受け継がれてきました。スポーツについても同じように、戦後のGHQ主導のスポーツ観の下で、戦前の国家主義的なスポーツ観が生き続けていた。この4つの流れが交錯したところに徒花のように咲いたのが、女子体操服としての密着型ブルマだったというのがこの本でのわたしの見立てですが、今、フェミニズムに関心のある方にもぜひ手にとっていただき、議論のきっかけの一つにしてもらえればうれしいです。

4 夜更かしなピンクさん 2021/10/12(火) 23:52:39
ブルマは臭いから嫌いです。

5 夜更かしなピンクさん 2021/10/12(火) 23:57:28
ぶっちゃけブルマよりショートパンツの方がそそる

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